<p>満州国とモンゴル人民共和国(外蒙古)の国境付近で起こった日本・ソ連両軍の大規模な武力衝突。
ハルハ河戦争ともいう。
ノモンハン一帯の国境線は不明確で日ソ間の紛争の種となっていたが、1939年(昭和14年)関東軍は国境付近に強硬な方針を決定した。
たちまち同年5月ノモンハン駐屯の満州国軍衝突すると、日本軍はハイラル駐屯の第23師団の部隊を出動、外蒙軍をげきした。
さらに7月2日第23師団は、反撃に転じた外蒙軍とソ連軍の圧倒的優勢な火力と戦車群の前に日本軍は苦戦を強いられた。
戦況不利を知った大本営は事件の不拡大方針を決め、政府も外交的解決を求めた。
これを無視した関東軍はソ連に対する攻撃を続けたが、8月20日ソ連軍の総攻撃を受けて、一個師団壊滅の大敗をきした。
おりからの独ソ不可侵条約を締結と第二次大戦の勃発で国際情勢が急変すると、日本は停戦を申し入れ9月15日モスクワで停戦協定を調印され、関東軍司令官と同軍参謀長は引責待命となった。
日本軍の敗北は陸軍の対ソ戦略に深刻な打撃を与え、対ソ開戦の企画を挫折に導いた。
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